10年目の東日本大震災

2021年3月11日、海老名ネット事務所ではメンバーが集まり、ドキュメンタリー映画「ひとと原発~失われたふるさと」をオンライン視聴した。「WE21ジャパン青葉」主催で、代表理事の伊藤まりさんは浪江町からの避難者だ。月に1・2回ふるさとへ帰るが、まちを歩いている人はほとんどいない、知っていた顔にも出会わない状況だという。浪江町の人口は2.1万人だったが、帰還困難区域が85%を占め、現在の人口は約2千人に及ばない。震災前の1割だ。そのうち、元住民は半分で、殆どは復興工事関係者だ。

画面に出てくる人々は、「原発事故がなければ浪江に戻れた」と口々に言う。除染が済むまでは戻れないふるさと、その期間が長引くほど、避難先での生活が定着した。10年はあまりにも長かった。人が生活し、生きていくには、地域コミュニティがあることだ。働く場所・知っている顔など日常的なつながりがいかに大切か、痛いほど伝わってきた。

福島県の浜通りを走る国道6号線、JR常磐線はオリンピックを目指して全線開通した。そして、原発所在地の大熊町・双葉町はほとんどが帰還困難区域だが、駅前だけは除染し、新しい住宅地を作り出している。また、原発に頼らない福島イノベーションコースト構想として、浜通りに新たな産業を興し、帰還を促そうとしている。しかし、そうした新しい産業・建物は、住民のものになっているのか?原発が来た時も、住民は賛成・反対と二分されたと画面が訴えている。被爆牛300頭と共に原発を乗り越える世の中を目指す「希望の牧場」の吉澤さんは、「汚染水は海に流すな、原発敷地内にタンクを増設しろ。」とマイクで凱旋する。

政府は地球温暖化対策として2050年までにCO2ゼロ宣言をした。CO2を出さない原発をベースロード電源としていくのか?女川原発の再稼働を宮城県が認め、また、東電は柏崎刈羽原発の再稼働を申請しようとしている。これほどの人々の日常生活を突如奪った原発事故の現実を顧みず,誰も責任を取らずに。原発の絶対安全性はない。伊藤さんはこの映画を撮った監督との対談で「私たちは次の地震の前にいる。」と訴えた。震災10年は原発撤廃への未来へのスタートとしたい。

電力を供給されてきた首都圏に住んでいる私たちにはずっしりと重い責任がある。多くの人にこの映画を見てもらえるよう、アピールしていこう。そして、地域の自治体へ原発由来の電力を使用しないこと、エネルギーの地産地消を提案していこう。